- 高橋 賢一朗
- 日本医科大学 心臓血管外科
心臓血管外科という選択
医学生や初期研修医の皆さん、初めまして。日本医科大学心臓血管外科の高橋と申します。皆さんに、少しでも心臓血管外科医の魅力を知ってほしいと思い、自分がこの分野を決断した過程を少しお話しさせて頂きたいと思います。
医学生の時に見た「心臓血管外科医」の姿は、いろんな意味で「すごい人達だな・・・」という印象でした。手術室では怒声が響き渡り、道具が飛び、実習生の私は気配を殺して気付かれないようにしていたのを覚えています。そして何日も家に帰らず働き詰めという状況を目の当たりにして、「もう二度とこの科と関わりを持つことは無いだろう」と思っていました。まさか、自分が心臓血管外科の門を叩くとは少しも予想していませんでした。
約2年が経ち、初期研修医としてある外科で実習していた時のことでした。とある日の手術で、腹部大動脈周囲の操作で大動脈を損傷し大出血を来たす、という状況を経験しました。私は第3助手として鈎を引いていました。術者の先生がなんとか止血を試みるのですが、噴出する出血点を制御することは不可能でした。モニターでは血圧はどんどん下がっていき、手術室が慌ただしくなり、まさかの事態が私の頭をよぎりました。
「心臓外科の先生呼んで!」と術者が叫び、すぐに駆け付けてきた見知らぬ心臓血管外科医に、その患者さんの命運は託されました。拡大鏡とヘッドライトを付けて、それまで見たことの無い道具や糸を使って、あっという間に出血を制圧する心臓血管外科医に、ただ見入っていました。手術は無事に終わりました。
当初の予定を変更して、翌月から心臓血管外科を研修することにしました。他の科と比べて圧倒的に強いインパクトを感じたことを鮮明に覚えています。周術期を通して心臓や全身の状態は秒刻みでダイナミックに変化する中、毅然と立ち向かう心臓血管外科医を眩しく感じました。これほど医師の技量や判断力が患者さんの明暗を分ける分野は他に無いと感じ、この道を選びました。
大学病院の外科医は若いうちにあちこちの病院で働いて回ります。私も毎年勤務する病院を移って、それぞれの施設で修練を積みました。外科医の技術は若いうちの鍛錬が肝心で、どこの施設でも上司は私を熱く指導してくれました。始めは皮膚を切ったり糸を結んだりすることもままならない駆け出しが、3年かけて心臓の手術を完遂するまでに成長することができました。その過程で、手術が巧い外科医は、常に安定して自分の技術を発揮する外科医であるとわかりました。「神の手」と呼ばれる外科医がいるとしたら、とんでもない離れ業を披露するのではなく、どんなに厳しい状況でもいつもと変わらない手術を淡々とこなすのだと思います。そんな外科医をイメージして、手術に、日常診療に携わってきました。
心臓血管外科医は、生半可な姿勢では務まりません。これは紛れもない事実です。実際に自分が初期研修医の時期は、「果たして自分に務まるのだろうか」と長い期間悩んだことを覚えています。しかし、この領域に魅力を感じ、心臓血管外科医となった自分をイメージできたのであれば、是非チャレンジしてみてください。きっと、人生を懸けるに値する、やりがいに満ちた日々が待っていることと思います。